しかし、9月3日、ECは合意に基づいて、議長を、元イギリス外相キャリントンとする
ユーゴEC和平会議を組織し、仲介手続きを開始することを宣言した。9月7日に、ハーグで、
和平会議の第一ラウンドが開催され、出席者は、当時者からは、連邦幹部会会員、
マルコヴィッチ連邦首相、ロンチャル連邦外相、クーチャン(スロヴェニア)、
トゥジマン(クロアチア)、ミロシェヴィッチ(セルビア)、イゼトベコヴィッチ(ボスニア)、
ブラトビィッチ(モンテネグロ)、グリゴロフ(マゲドニア)の各共和国元首だった。加えて
EC理事会、EC加盟国代表、及び欧州委員会(ECの内閣に相当)代表が参加した。
そこでは 「ユーゴ危機の平和的解決に関する宣言」が採択され、全参加者の共通目標が
全ユーゴにおける和平、および、あらゆる当事者の利益と主張に向けた継続的
かつ正当な解決の探求であると謳われた。
9月12日から開催された第2ラウンドで具体的な合意を得ることはなかった。10月4日の
第4ラウンド後に出された声明でも、穏やかな国家連合が主権を有するか、独立した共和国
による連邦の確立、少数派の権利の擁護、境界の一方的な変更の禁止という一般的な
合意事項に留まったのだった。クライナ・セルビア人の代表が会議に参加することに関しても
合意がなされたが、時間切れであった。
10月7日、クロアチア大統領府の建物がミサイル攻撃された。翌日、クロアチア議会は
人民軍を非難し、独立に関する再度の宣言を発した。クロアチア議会は10日に、旧ユーゴ連邦
との関係断絶の決定も下す。スロヴェニア議会も、7日に、再度の分離独立宣言を行っていた。
他方で人民軍は、メスィッチが議長を務める連邦幹部会の指揮下にあることを拒否していた。
連邦国防相カディイェヴィッチは、メスィッチが、連邦幹部会議長および軍最高司令官として
9月はじめに署名した停戦合意を認めず、最高司令部の独自の行動を容認していた。
ところで、クロアチア内戦の象徴とされた二つの都市がある、ヴコヴァルとドゥブロヴニクだ。
<ヴコヴァルVukovar と ドゥブロヴニクDubrovnik >
ヴコヴァルは、クロアチアとセルビアとの国境沿いにあり、クロアチア国内のセルビア人地域と
セルビアとを結ぶルートに位置する東スラヴォニアの要衝であった。そのために、早くから双方の
主要な目標となっていた。当初は、クロアチア国防隊が市内の人民軍の兵舎を包囲し封鎖して、
それを更に人民軍の部隊が外から取り囲んでいた。ヴコヴァルでの衝突の発端はクロアチア政府
任命の知事の着任を、多数派セルビア人が、拒否したことによる。ヴコヴァル攻防戦は人民軍が
クロアチアで初めて主体的に関与した戦闘であり、その点で、クロアチア内戦の象徴でもあった。
戦闘レベルは8月末より激化し、9月中旬になると、外側の人民軍部隊が市内の部隊救出の為に、
空と陸から攻撃を加え始めた。クロアチア政府は更に、その外側から増援部隊を派遣するなどして、
激しく抵抗したが、ヴコヴァルは、10月初旬に人民軍によって制圧され、クロアチア側の抵抗は
せいぜいゲリラ戦に留まるようになっていく。包囲した人民軍にクロアチア側は、籠城戦で対抗。
しかし、11月初めには人民軍が掃討戦として大規模な攻撃を加え、ヴコヴァルは、11月18日に
陥落した。クロアチア首相グレグリッチは、人民軍が交渉を占領のアリバイとしているとして、
その進駐を激しく批判する。
― UNESCO世界文化遺産が攻撃される ―
ヴコヴァルが、クロアチア東部の要衝、戦略上の拠点であったのに対し、
ドゥブロヴニクは、アドリア海の真珠と呼ばれ、ユネスコ世界遺産として保護されており、
世界的観光地となっている。この町は、クロアチア・ダルマチア地方の南端に位置し、
中世にはアドリア海においてヴェネツィアと覇権を争った商業都市であった。
この世界遺産・ドゥブロヴニクに対する人民軍の攻撃は、「文化」を理解しない
野蛮なセルビア人と人民軍というイメージを定着させた。
ドゥブロヴニクに対する人民軍の攻撃が激しくなったのは、10月に入ってからであった。
ドゥブロヴニクの背後にある丘陵地帯に陣取った人民軍陸軍による封鎖・砲撃・空軍による空爆、
そして海軍による海上封鎖と艦砲射撃が繰り広げられた。ドゥブロヴニクをめぐる停戦合意は、
11月19日に、人民軍とドゥブロヴニク市当局との間で、達せられた。
「セルビア人嫌い」と、Pたち。
「きっと向こうだって、クロアチア人が嫌いよ。第二次世界大戦中に惨殺したのだから。」
「惨殺したのは事実だ。残念ながら・・。でも、あなただってChosenの悪口を言ったじゃないか」
「足が短すぎるって、言っただけよ。それに、わたくしの爽やかな一日は、
ひとの悪口で始まるのです」
クロアチア内戦は依然として続く。
スラヴォニア Slavonija にて
画像提供:クロアチア政府観光局