私のヒーロー伝説
熊右ヱ門・・どこで誰からこの名を聞いたのか、とんとんむかしの会の会長さんに尋ねたことがある。
菊地正先生は、誰からということは語らなかったという。熊治郎と友右ヱ門を一緒にして
熊右ヱ門と言っている。 おさきやしき
「私のおじいさんは、白鞘の刀を脇差にし」 幕府に出向いた時の話、長州征伐第二次幕軍に
出陣した時の話、夢見る少女のように語っていたナヲおばあちゃん。
私のおじいさんとは、尾崎友右ヱ門。おさきやしきが火事になった。水をかぶり火の中に飛び込み
体当たりして仏壇を外に叩き出した。この命と引き換えの行動で、中にあった大切な文献は無事だった。
仏壇には、その時の傷が残っている。私のあこがれのご先祖様である。
尾嵜家戸籍謄本から
八王子千人同心 尾嵜七郎ヱ門
長男 尾崎熊治郎 八王子千人同心 襲名 尾嵜七郎ヱ門
高留番所 最高責任者 くまだんご 創立者
1800年8月13日〜1894年10月18日(94歳)
次男 栄治郎 山林王
"おはよう栄治郎 成功を祈る"
栄治郎 長男 尾崎友右ヱ門 八王子千人同心 襲名 尾嵜七郎ヱ門
高留番所 最高責任者 長州征伐第二次幕軍出陣
尾崎友右ヱ門 → 曾祖父 (友右ヱ門長男) → 祖母ナヲ → 父 → LadyMoon
くまだんご創立者 尾崎熊治郎は、1800年ミレニアムベイビーとして誕生した。
八王子市立恩方第二小学校、旧:醍醐小学校の創立140周年記念冊紙に、
創立者くまじろうについて書きました。生まれてすぐ亡くなってしまったのか、
熊治郎には子供がいなかった。だから子供が大好きだったのだろう。熊治郎の偉業は、
くまだんごを創立したこと。そして、人生僅か50年の時代に、94歳で天寿を全うしたことにある。
眠るように旅立って行ったと伝えられている。
熊治郎の弟栄治郎、村人たちの良き相談役でもあったという。伊豆韮山の江川邸で
受け取ったのは、当時の日本が誇る最新兵器。Missionは完了したのか、弾は火薬が抜けており、
撃った証拠がある。
熊治郎と栄治郎の兄弟は、同じ墓石の下で永眠している。
木札は左から熊治郎 友右ヱ門 友右ヱ門の妻 タツ
戒名はその人がどのような人であったかを語っているという。熊治郎は誠太
友右ヱ門は常心 タツは月桂龍 が目に付く文字である。
友右ヱ門の”常心”は、私自身を取り戻す。
3人は守護天使である。
私が最後の伝説となった時、龍神と共にあなた方のところに向かいます。
その時は、迎えに来て下さい。
〜2024年の夏に〜